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2016/12/31

就活に存在した「衝撃の制度」とは?

昔の常識は今の非常識

企業や大学に徹底的な取材をし、10万冊を超える売り上げを記録した「就活のバカヤロー」の著者、石渡嶺司氏
彼が著書で「茶番劇」とも称する新卒採用市場には、かつて今では考えられない「ある制度」が存在していました。

わかること

  • ・石渡嶺司とは
  • ・新卒採用市場の歴史

今回は大学ジャーナリストの石渡嶺司氏をゲストとしてお招きし、新卒採用市場の歴史についてお話を伺います。
 


杉浦:皆さん、こんにちは。モザイクワーク代表、採用学研究所フェローの杉浦二郎です。
この『採用tv.』のナビゲーターを務めてまいります。
今回は、大学ジャーナリストで就職活動に関する数多くの著書を出されております石渡嶺司さんをお迎えいたしました。石渡さん、よろしくお願いいたします。
 
石渡:よろしくお願いします。
 
【石渡嶺司氏について(00:32~)】

杉浦:まず、お話の前に、石渡さんご自身について簡単にご紹介をいただいてよろしいですか?
 
石渡:はい、ありがとうございます。私は2003年から現在の職業――大学ジャーナリストとして活動させていただいております。いわゆるフリーランスのライターなんですが、当初から大学、1年ほど遅れで就職活動についての記事を書くようになり、ほぼほぼそれに特化したライター、大学ジャーナリストとして活動させていただいております。大学や就職関係の本を、これまでに28冊刊行させていただいておりまして、今後も出していく予定です。
 
杉浦:そもそも2003年に大学にフォーカスをされてジャーナリストになろうと思われたきっかけはどういったところなんですか?
 
石渡:フリーランスのライターとしてはやや特殊なのですが、もともとは大学に関心を持ちまして、将来は大学について本を書きたいと思って、まず出版業界に入り、編集プロダクション、編集者の下請け会社で1年ほど働いて、諸般の事情でやめまして、やめるときに、「あ、自分1人で本出せるな」と、ちょっと無謀なことを考えまして、持ち込みをしたところ、いきなり商業出版で大学関係の本を1冊出すことができました。それで「大学ジャーナリスト」として活動させてもらっています。
 
杉浦:取材力といいますか、まめに足を運ぶ、大学もすべて回る、徹底的に調べると。何か非常にそういった印象があるんですけども、基本的にはそういうのがそもそもお好きだというのがあるんですか? それとも、そこを調べていかないとという、ある種ジャーナリスト魂みたいなところがあるんですか?
 
石渡:かっこよく言えばジャーナリスト魂ということになるんでしょうけれど、自虐というわけではないんですが、結局「うっとうしいことが好き」なんでしょうね(笑)。というのも、ほかの方と同じことを書いても面白くも何ともないので、読者の方も、「あ、また何かどこかほかで読んだ」と言われては飽きてしまうでしょうし、だったら学生であってもキャリアセンターの職員の方、採用担当者の方であっても、いろいろ話を聞く。すぐ記事にしないまでも。あるいは関連した文献をいろいろ調べてデータをまとめることが必要かなということでずっとやっております。
 
【大学名差別(03:11~)】

杉浦:非常に徹底的に調査をされて、徹底的に調べ上げる姿勢は非常に素晴らしいなと思っているんですけど。
 
石渡:ありがとうございます。
 
杉浦:その石渡さんの長年の就職活動を見ていらっしゃるジャーナリストとしての目線から、何か過去から今にかけての変遷ですとか、何か特徴的な事情ですとか、ぜひ、なかなか我々が普段知り得ることのない情報を教えていただけると嬉しいなと思っているんですけども。
 
石渡:わかりました、ありがとうございます。
それで言うと、就職絡みではもう50年、何だったら100年にわたってずっと言われ続けているのが、大学格差、学歴差別、大学名差別といったものです。ターゲット校だ何だということで今も続いていると言う方もいれば、だんだん変わってきている。もうそんなの気にする時代じゃないと言う方もいるんですけど、私は両方にいい顔をする中間派ではあるんですが、どちらかといえば、だんだん変わりつつある。大学格差から個人格差に移りつつあるのかなと見ております。
 
杉浦:大学間格差から個人格差ということですか。
 
石渡:具体的に言うと、戦後の就活については、1950年代から1970年代まで、指定校というものがありました。これは、企業がその大学から採用しますと認めた大学の学生しか選考に参加できません。
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そういうデータを探すのも私の仕事の1つなのですが、これは『サンデー毎日』の1967年7月16日の記事です。「これでも学歴は無用か?」と。この中で、この『サンデー毎日』が作成した指定校リストが載っています。多分今だったら、これ出した瞬間に大炎上してしまうんですけれど、これで言うと、トヨタの事務系は慶応と早稲田が対象外です。
 
杉浦:おお。
 
石渡:今だったらどう考えても、トヨタであれば、事務系だろうが何だろうが、早慶を無視するわけがないんですが、抜けています、このリストは。リストといっても、これ15社しかないんですが、ちょっと面白いかなと。当時はトヨタが早稲田・慶応を指定していないということは、どんなに早稲田・慶応の学生が優秀だったとしても、トヨタに行きたいと思っても、受けることすらできませんでした、門前払い。
 
杉浦:そもそも応募ができない。
 
石渡:応募ができないということです。というのが1950年代から1970年代にかけてですね。それがゆるゆる崩れてくるのが1970年代です。ところが、崩れたといっても、その後80年代まで、緩やかに続きます。
 
杉浦:指定校制度がですね。
 
石渡:というのも、当時の文献、バブルの絶頂期のときの採用状況を示す文献として、採用コンサルタントの方が書いたものがあるのですけれど、とある企業が、早稲田の学生が辞退してしまった。その採用コンサルタントがたまたま千葉大学の学生を知っていた。千葉大の学生だったいい学生いますよと紹介しました。今だったら「それはありがとうございます」で終わりですよね。千葉大ですから。ところが当時は断ってしまいます。「千葉大じゃだめなんですと。慶応でもだめなんです。早稲田の文学部でも政経でもだめなんです。うちが欲しいのは早稲田の商学部なんです。誰かいませんか?」、もうはっきりそう書いています。今だったらまずあり得ないですよね。仮にですけど、千葉大よりも偏差値が低かったとしても、いい学生があれば「ありがとうございます」で終わりのところを、早稲田の商学部の学生が辞退したら、同じ商学部じゃないとだめというのが残っています。
 
杉浦:指定校である以上、辞退としたとしたら、また同じところから採らないといけない。
 
石渡:そういう理屈なんでしょうね、自由応募に移りつつあったとはいえ。私もちょっと意外だったんですけれど、80年代までは、東大、あるいは早慶が有名企業に就職する率というのが、大体50かから80%ぐらい。
 
杉浦:全就職者に対する?
 
石渡:全就職者の中から、この91年でいえば、有名390社に就職する割合として50から80%。非常に高いと。これがやはり偏差値が下がれば下がるほど落っこちてきて、例えばMARCHクラスであれば30から50という割合になっています。ところが91年にバブルが崩壊し、さらに90年代に一回就職協定がなくなります。その後、ナビサイトが出てくるなどする一方で、今まで売り手市場だったものが、長い就職氷河期に変わります。その結果、どうなったのかというと・・・
 
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大学ジャーナリスト
石渡嶺司さん

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。主な著書に『就活のコノヤロー』(光文社新書)、『就活のバカヤロー』(光文社新書、共著)など。

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